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教育行政(文科省・教育委員会・学校)は誰のために存在するのか③「夏休み明けの期末テスト」

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月23日 カテゴリー: 未分類

6月11日木曜日、大きな動きが2つありました。1つは公立高校の入試範囲の変更、もう1つは地元の中学校の今後の予定の発表です。今回は2つ目の話です。

 

まず文科省は「3月卒業」をさせ、かつ「学習を可能な限り行わせよう」と「夏休みを削る」よう指示しました。それを受け市教委は夏休みを8月1日から16日までの16日間としました。それだけでも問題なのですが、その市教委の決定を受け、地元の中学校は17日に始業式、そして翌日に1学期の期末テストを持ってきました。市教委は「7月か8月に行う」ように指示していたのですが、こうなることを予想していたでしょうか。

 

誰がどう考えても「夏休みの2日後にテスト」はおかしいと思うはずです。春休みのなかった彼らに、そしてただでさえ短くなってしまった夏休みに、「テスト勉強をしろ」と。何より、慣れない環境下に置かれ身も心も疲れ切っていると思います。最初の週はクラブ活動があるでしょう。教育委員会も学校も「休ませる」という発想はないのでしょうか。

 

それだけではありません。

1学期はこの1回のテストだけで成績がつきます。3年生は内申の1/3がこのテストでついてしまい、2年生の分と合わせると2/3が決定します。これだと内申が気になって夏休みは期末テストの勉強だけをし、受験勉強ができなくなります。

1・2年生にしてもテストの直前がお盆です。コロナの今の状況だと帰省や家族旅行ができるのに、それも叶わなくなります。もし冬に強烈なコロナが再来したら冬休みも帰省や旅行ができなくなります。さらに「夏に帰省や旅行をさせない」ということは景気回復の足かせにもなります。期末テストを夏休み明けに行うということは「日本経済を悪化させる」ことにもつながるのです。

 

これはただ事ではない判断と思い、その中学校に問い合わせました。すると校長が応対をして下さいました。なお、部外者である私にとても丁寧に説明して下さったことはここに記しておきます。

 

 

「副教科の評価材料が揃わない」「慌ただしい中でのテストとなるのでじっくり取り組んでもらいたい」という理由でテストを夏休み明けに持ってきたそうです。

 

皆様はこれをどう捉えるでしょうか。

納得される方もおられるかもしれませんが、私は全く理解ができません。

 

1つ目の「副教科」ですが、授業ができない夏休みにどんな材料を揃えるというのでしょうか。授業関係であれば夏休みの前でも後でも変わらないはずです。また、副教科なので実技や製作を間に合わせるということなのかも知れないですが、テストは先にできるはずです。また副教科のテストだけ夏休み明けにすることもできるはずです。主教科のテスト勉強をしないといけないうえに、副教科の実技もさせるのであれば夏休みは完全になくなります。

 

2つ目の「じっくり取り組んでもらいたい」ですが、なぜこのテストだけじっくり取り組む必要があるのでしょう。普段テストの前に休みはありません。今年が特殊であるとしても2学期も過密スケジュールで、この理屈だと2学期のテスト前も休みにしないといけないことになります。そして休校中とはいえ、4月5月も勉強はしていたので学習期間としては充分すぎるくらいあります。夏休みになると多くの生徒の緊張が切れます。勉強する子はするでしょうが、勉強量が普段より減る子が通常のテストの時よりは間違いなく増えます。テスト前とはいえ夏休み中に家庭でそんなに勉強ができるとは思えません。

 

何よりテスト前にわからないことがあった場合生徒は誰に質問すればよいのでしょう。夏休みに先生に出勤させるのでしょうか。先生方はこれまで通常ではない激務をこなされています。先生方も休ませないと過労死するおそれがあります。逆に学校がテスト1週間前に何の対応もしないのであれば無責任すぎます。

 

さらに付け加えるなら、塾はふつう夏休みに「夏期講習」を行いますが、塾の対応によっては、子供は「ものすごく過度な負担」を負うことになります。また、地域のクラブスポーツをしている子供はどうでしょう。ただでさえ夏休みが16日しかないのです。テスト前でもお構いなしに活動させると思います。そんななかテスト勉強を「じっくりと」取り組めるでしょうか。

 

「そんな外部のことは知らない」でいいでしょうか。学校は子供の多くが塾に通い、クラブスポーツをしている子供もそれなりに多いことを知っています。夏休み前にテストをすればそうした問題も起きないのです。

 

そこまで夏休みに勉強させたいのなら「夏休み」という言葉を使わず「夏季家庭学習期間」などに変更した方がよいと思います。

 

 

ただ、こうなってしまった背景は「文科省が学習内容の削減を具体的に明示しなかった」ためで、すべての元凶はここにあります。しかしそうした中での学校の判断も正しかったとは思えません。私は夏休み前にテストをすべきだと思いますが、夏休み明け1週間後という選択もありました。そのいずれも採らなかったのは、「公にできない他の理由があったのではないか」と思わざるを得ないのです。

 

 

前回と合わせてですが、教育行政は「子供を守る」立場ではないのでしょうか。その選択が「子供を苦しめる」ことになってはなりません。私は教育行政に限らず「社会全体が子供の健全な成長のために協力するべき」だと思っています。それなのに教育行政がこれであれば「日本の将来は終わった」と言っても言い過ぎでないかも知れません。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

教育行政(文科省・教育委員会・学校)は誰のために存在するのか②「公立高校の入試範囲変更」

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月23日 カテゴリー: 未分類

6月11日木曜日、大きな動きが2つありました。1つは公立高校の入試範囲の変更、もう1つは地元の中学校の今後の予定の発表です。今回は1つ目の話です。

 

文科省は以前から3年生の学習内容の削減を言明していました。それを受け県教委は中学3年生にアンケートを採り、木曜にその結果と削減内容を明らかにしました。具体的には公立入試の一般選抜の場合、数学「標本調査」・理科「環境(生態系など)」・社会(公民)「国際関係」が減りました。わかる方はわかるでしょうが、この程度なら減らした内に入りません。

 

数学の「標本調査」は内容が薄く1時間か多くても2時間で終わります。入試でも数年に1度小問で出るだけです。元々やってもやらなくてもいいような内容です。年間計画では5時間を与えられていますが、実際は5時間もしていないと思います。

 

理科の「環境」は入試でたまにがっつり出ますし、年間計画でも24時間を与えられており(実際はそんなにしていないはずですが)、これは少し減った印象があります。しかしメインである「生物・地学・化学・物理」は全く減っていません。

 

そして社会の「国際関係」ですが、年間計画では21時間を与えられています。しかし実際は3時間くらいで終わります。昨年の今頃(6月初旬)は日清戦争のあたりだったはずです。ちなみに今(11日頃)は黒船来航(江戸末期)あたりをしています。昨年でもこの先猛スピードで歴史の近現代史と公民を行っていました。今年の社会は例年以上に遅れています。公民の「経済」まで終わらせようとすれば誰もついて来れません。

 

ちなみに3年生の実態をご存じでない方のために書き添えますと、1月はほとんどが短縮授業です。1時限で終わる日もあります。つまり授業はほとんどできません。さらに学校は私立入試が始まる2月までに教科書を終える必要があります。つまり社会を普通に終わらせることは不可能です。もし無理して終わらせようものならテスト範囲が毎回莫大な量となり、子供がかわいそうです。さらに学校の実態として2月以降は入試対策のため社会ですら自習になります。こうした実態を県教委はわかってらっしゃるのでしょうか。

 

 

<減らせばいいというわけでもない>

同日、東京都も出題範囲を減らしたことを公表しました。数学で「三平方の定理」を丸ごと削るそうですが、それはそれでおかしな判断です。「三平方の定理」を知らなければ高校の数学が理解できません。また、「三平方の定理」を出さなければ図形の問題の出題範囲がかなり絞られてしまいます。

 

都教委は「最後にあるから削った」という安易な発想をしたような気がしてなりません。そもそも1つ前の教科書では「相似→三平方の定理→円」の順でした。もし前の教科書なら「円」を削ったのではないかと思います。ちなみに前回の改訂があった時、私は「円を先にするのはおかしくないか」と数学の教師を志望していたアルバイトの学生に尋ねたところ「数学科の同期も全員おかしいと言っています」という返事でした。理論的なこともあるのですが、最後にすると時間が足りずきちんと教えられないとのことです。それだけ「三平方の定理」は重要単元で削ってはいけないのです。

 

そして東京都も奈良県も「削減する内容は映像学習で自主的に行ってもらう」と言っていますが、入試の直前に入試に出ない内容を誰が勉強するのでしょう。

 

 

<今回一番お伝えしたいこと>

県や都がいくら出題内容を削減しても私立高校が削減しない限り現場の教師は無理をしてでも1月中に教科書すべてを終わらせます。つまり今回の削減は意味がないのです。

 

私は「3月卒業継続」でいくのなら「学習内容を大幅に削減すべき」と主張していますが、その削減とは「各単元での学習内容を減らす」というものです。どの単元も意味があり、単元丸ごとを削ることなどできません。例えば数学なら「応用問題を削る」、社会なら「細かい内容を削る」といったことです。先日3年生が「日米修好通商条約」で開港した5つの港を覚えていましたが、それってそんなに重要ですか。この条約で重要なのは「不平等条約」であったことであり、「治外法権」と「関税自主権」の内容がわかれば充分だと思います。時間に余裕があれば細かいことも知ればよいと思いますが、こんなところで時間を割いているから、例えば公民を1時間で6ページ(ひどい時は10ページ以上)進めるはめになるのです。

 

本来文科省がすべきことは、こういった細かい内容を「やらなくてよい」と指示することであって、地方に丸投げすると結局全部をするか意味のない削減をすることになるのです。そしてその結果、子供は普段より短期間で休みも削らされ「詰込み学習」をさせられることになったのです。

 

 

教育行政は子供達の健全な成長のために存在しているのではないのですか。「詰込み学習はよくない」と言っていたのは教育行政ではないのですか。「コロナだから仕方がない」で済ませてよいのですか。今回採った方策が子供達に与える影響を想定していますか。本当に子供達のために知恵を絞ったのですか。絞ってこの程度なのですか。

 

「子供の健やかな成長を願うあなた達が子供を苦しめているのですよ」と言いたいです。

 

次回は「地元の中学校が発表した今後の予定」です。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

教育行政(文科省・教育委員会・学校)は誰のために存在するのか①「県教委の無意味なアンケート」

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月23日 カテゴリー: 未分類

6月11日木曜日、大きな動きが2つありました。1つは公立高校の入試範囲の変更、もう1つは地元の中学校の今後の予定の発表です。今回は1つ目の話のつもりだったのですが、原稿を書いているとアンケートの話が長くなりすぎたのでこの部分だけ独立させます。

 

文科省は以前から3年生の学習内容の削減を言明しており、それを受け県教委は中学3年生にアンケートを採り、木曜にその結果と削減内容を明らかにしたのですが、「何のためにしたのだろう」と思わせるようなアンケートでした。

 

そもそも質問の仕方として、「進度・内容・範囲」に不安があるかをそれぞれ(「すべて」・「進度と内容」「範囲だけ」などすべての組み合わせで7パターン)聞いているのですが、「どれもなし」が28.2%であったため「学習に対し、何らかの不安を感じている中学生が71.8%いる」という結果報告になっています。

 

どうして「わからない」という選択肢を入れなかったのでしょう。不安はあっても選択肢が細かすぎてきちんと選べないから「どれもなし」を選んだ生徒も多かったと思います。本当に不安でない生徒はよほど優秀なのか、現状が理解できていないのかのいずれかだと思います。普通に考えて9割以上の生徒は不安に感じていると思います。アンケートをするまでもなく不安なのはわかりますし、同じ聞くのであれば何に不安を感じているかを記述させる方がより実態がわかると思います。

 

さらに各教科に対しても「進度・内容・範囲」の不安を聞いていましたが、進度の実際など生徒は誰も知らないのに「どの教科の進度が不安か」など答えられるわけないのです。また生徒は学校の先生がどんな範囲であっても無理矢理1月中に終わらせるということを知りません。遅れておらず内容も少ない、進度に一番不安がないはずの「英語」が一番不安だという結果は、単に自分にとって苦手な教科が英語だと言っているだけです。次回詳しく書きますが、進度に一番不安がある教科はダントツで社会です。

 

そして一番意味のなさを感じたのが、入試の出題範囲で一番不安な教科が英語であったのに英語の出題を削っていないことです。何のためのアンケートだったのでしょうか。

 

他にも「進学希望の高校がどのような高校であるかをよく知っていない」3年生が45.3%、「進学する高校を決めていない」が34.5%という結果が出ていましたが、今年に限らず、自分の実力や入試の難易度を知らないほとんどの中学生は5月くらいなら「行けたらいいな」くらいにしか考えていません。したがってこのアンケートも意味がありません。ただ今年はオープンスクールができないでしょうから「e-オープンスクール」開催は正しい対応だと思います。しかしアンケートするまでもなくオンラインで行わないといけないことですし、アンケートの結果にかかわらずしていたでしょう。であればなんのためにアンケートしたのでしょう。

 

つまりこのアンケートは形式的なもので、生徒のことを考えて行ったものとは思えません。本来は現場の教員にアンケートをするべきなのに、そんなことすら思いつかない県教委には「まともな人がいないのかな」と思ったりするのです。

 

今回の話は「ついで」で書いたものです。次回とその次が本当にお伝えしたい内容になります。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

コロナにより生じた教育問題のほとんどは「学習内容を減らす」ことにより解決できた

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月23日 カテゴリー: 未分類

11日木曜日、大きな動きが2つありました。1つは公立高校の入試範囲の変更、もう1つは地元の中学校の今後の予定の発表です。

 

しばらくこの話をしようと思うのですが、今回の話に限らずコロナにより生じた教育上の問題は「文科省が学習内容を減らすよう」に指示をすればほとんどの問題は解決ができたと思います。

 

<コロナにより生じた教育上の問題>

①9月入学

②夏休みや行事の削減

③エアコンの設置

④オンライン教育の導入

⑤入試の日程や出題範囲の変更

⑥スポーツの大会等の中止

⑦コロナ対策(マスク着用や前向きでの給食など)

⑧学費問題

⑨就職問題

来年度の中学校の学習指導要領改訂

 

他にもあると思いますが、主だったところは以上かと思います。

 

<学習内容を大幅に減らしていればどうなったか>

①「9月入学」はそもそも行う必要が無くなります。

私は9月入学に賛成ですが、それは別の論点ですのでここでは省略します。なお、以前のブログに書いていますが、私は「学習内容を大幅削減するのであれば4月入学継続で構わない」という立場です。

②「夏休みや行事の削減」の内、行事はできないものもありますが、少なくとも夏休みを削る必要はありませんでした。

③夏休みが通常通りであれば「エアコンの設置」はそこまで急ぐ必要はありません。

生駒市は昨年「エアコンの設置」がされましたが、全国的にはこれからという所も多いです。学校が始まっているのに今から間に合うのでしょうか。学校のエアコンは自治体単位で行うのが普通ですから、設置されていない自治体は域内のすべての学校に着ける必要があります。間に合わなかったとしても子供を学校に通わせるつもりでしょうか。

④「オンライン教育」はこれを機に進めていくべきだとは思いますが、「学習内容を減らせば」今の生徒に対しては従来の学習方法で終えることができ、オンラインを併用する時間と労力の手間を省けました。つまり無理してオンラインを進めなくても済んだのです。オンラインは、「冬に再び休校となることを想定し、その時どうするか」を今取り組むべきなのです。

そもそもオンライン教育は順調に進んでいる(子供の教育に役立っている)でしょうか。今までしたことのないことを急にするといっても無理があります。大人や大学生はすぐに対応できるでしょうが、相手は子供です。大人の方の準備ができていないのに子供に浸透するわけがないと思います。

また、4月5月学校でも様々な学習の取り組みをされていましたが、成績の低い子供は全く身についていません。中くらいの子でも怪しいです。これは生徒の側にも問題があるのですが、学校側もやることが多すぎて議論をする時間が十分でなかったのではないかと思います。

⑤「入試の日程や出題範囲」について、普段でもぎりぎりの日程はもともと動かせません。出題範囲については学習内容を減らせば当然減らせますが、そこは少し違います。後で詳しく書いています。

⑥「スポーツの大会」などは学習内容削減と関係なさそうですが、学習スケジュールを優先した結果、「試合の数が減る」といったことは起きそうですから、それを防ぐことができます。

⑦「学校内でのコロナ対策による不便さ」は仕方がないと思います。いくら学習内容を減らしても学校へは行く必要があるからです。

ただし思った通り、学校側のコロナに対する対策は過剰な気がします。生活を息苦しくし過ぎるとストレスが過度にたまります。その結果、不登校・鬱等精神疾患・神経の過労によるダウン・暴力行為・悪口・いじめ・その他非行や犯罪行為に走らないか心配です。

そもそも校内で感染するということは、生徒や先生が誰かから感染したからです。つまり家庭内で家族も含め感染対策をしていれば校内で感染することはありません。

そのため学校が採るべきことは家族に感染しない生活を心掛けて頂くことをお願いし、学校内では「手洗い・マスク・登校下校時の検温」のみでいいと思います。これで感染者が出たらそれは家庭の責任であって学校の責任ではありません。したがって過剰な対策は必要ないと思います。

⑧「大学・高校や私立学校の学費問題」もありましたが、「4月入学継続」であればあまり関係ありません。ただ、「あまり」と書いたのは特に大学の4月5月などは「通常の学費に見合わない学習の提供をしていた」のでそれはそれで問題です。

⑨私の仕事は中学生が相手ですので「就職問題」はよく知らないのですが、大変なのはわかります。ただこの問題は学習内容の量とは関係がないような気がします。

⑩いつか必ず書きますが「来年度の中学校の学習指導要領改訂」は相当問題があります。これがあることを思うと今年の学習内容は大幅に減らすべきでした。文科省か大臣かが仰った、「できない分は来年に持ち越し」は絶対にしてはいけないです。来年の改定を延期するのであれば構いませんが。

 

<何をどれだけ減らすのか>

2つ後のブログで書きますが、「三平方の定理」など単元ごと削るのはよくありません。各単元の学習量を減らすのです。例えば数学の応用問題、理科の少し難しい話、社会の細かい内容、英語では本文以外で出てくる単語や熟語、スピーキングや発表の回数を減らせばよいのです。成績優秀な生徒の学力低下を心配される方は塾に通わせればよいのです。家庭の事情で塾に通えない生徒に対しては、「市が塾に対して補助金を出して塾に通えるようにする」のも1つだと思います。それよりも学校が優先するべきことは「ついていけない子を増やさない」ようにすることです。

何でもかんでも学校でどうにかしようとすると先生方もしんどいでしょうし、何より生徒の負担が尋常ではありません。「コロナだから仕方がない」で済ませてはいけないと思います。

 

<学習内容を減らすことの何が問題か>

おそらく学習内容を減らせない最大の理由は高校との連携がうまくいかなくなるからだと思います。しかし「コロナによる緊急事態」であるのなら小学校から高校までの学習内容をすべて変更すればよいのです。そしてそれは今年だけでなく「その学年の子供が高校を卒業するまでずっと」にすればよいのです。ただし入試問題は従来と同じ範囲・難易度で行います。そうすれば成績上位の子は学校以外に学習の場を求め勉強します。結果、成績上位校の学力は落ちず、中位校は難しい問題は解けないが基礎力は身についている生徒が入学する、というこれまでと同水準が保てます。

私の根本の考えは「すべての子供に一定の学力をつけさせ、かつ伸ばせる子は伸ばす」です。これに異論を唱える方はいらっしゃるでしょうか。

 

<一番の責任は文科省>

学校は教育委員会の指示の枠組みでしか動けません。教育委員会も文科省の指示の枠組みでしか動けません。「学習内容を具体的に削減せず3月卒業継続」を決めた文科省の責任は重いです。私はこの文科省の方策は子供を潰すだけのようにしか思えません。何を目指されているのかわかりませんが、少なくとも「子供が目に入っていない」ということだけはわかります。

 

ただし文科省だけに問題があるとも思えません。教育委員会も学校もある程度の裁量はあります。ただその選択の仕方には疑問を感じます。その話を次回からしばらく書いていきます。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題⑥ 各論⑤いわゆる「1.4倍問題」の解決策

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

このブログをご覧頂く方がどの回を最初に見て頂くがわかりませんので、毎回同じことを最初に書かせて頂きます。私の「9月入学問題」に関する基本的スタンスは、「学習内容を大幅に減らしたうえで3月卒業(つまり4月入学)」か、「8月31日まで休校とし、その間にオンライン体制を万全なものとし、対面授業とオンライン授業を併用したカリキュラムのもと7月卒業(つまり9月入学)」のどちらかがよいと元々は考えており、現在は「どちらかで言えば9月入学の方が良い」という立場です。

 

その理由をこの「各論」で述べていきます。

今となってはほとんどの方は関心が薄くなっていると思いますが、ある意味今回のシリーズで一番見て頂きたいのがこの回です。この回は本当にご感想を頂きたいです。

 

今回9月入学が消えてしまった最初のきっかけがこの問題だったと思います。

いわゆる「1.4倍問題」とは9月入学へ移行するにあたり「1学年のくくりを9月生まれから翌年8月生まれに変更する場合、どこかの学年が4月生まれから翌年8月生まれまでとなってしまい、通常の1.4倍の人数になる」という問題です。

文科省はその対象を来年の新小学1年生とし、その対策案も出しましたが世論の猛反発に遭いました。私はその様を見て「あなたたちエリートじゃないんですか。その程度の案しか出せないんですか。子供のことをただの人数としか思っていませんか。」そして「これで9月入学の話は無くなるな」と思いました。

 

で、私の案ですがそもそも論として「入学月と生まれ月を一致させる必要はない」ということです。現に文科省の案でもすでに学校に入学している子供をいじることはしていません。

今いる子供をいじろうとするから問題が起きるのです。これから産まれてくる子供を対象にすればよいのです。

 

出生数は年々減少していますが今年は特に減ると思います。経済活動が止まっているなか、いくら夫婦が一日中家にいたとしても「子供を作ろう」という発想にはなかなかならなかったのではと思います。極端な話、すべての男女が1年間子作りをしなければその年生まれの学年は0名になります。

 

だから今は1.4倍問題を起こさせない一番のチャンスの年なのです。もし国が「今年の4月2日生まれから翌年の8月31日生まれを6年後の新小学1年生とする」と決めれば国民はどうするでしょう。今6月ですので今子作りをすれば来年の4月に生まれます。5ヶ月辛抱して11月に子作りをすれば来年の9月に生まれます。

 

いつ子作りをするかは産む側の自由です。1年以上離れた子と同じ学年になっても構わなければ気にしなくていいですし、それが嫌ならば5ヶ月待てばいいだけの話です。産まれてきた子供には人権があります。いくら幼児であっても一緒に過ごした友達を生まれ月で分断していい訳がありません。しかし産まれる前であれば大人の自由と責任の範疇であり、人権上の問題はありません。

 

いかがでしょうか。これであれば、絶対ではありませんが、1学年が極端に増える可能性は極めて低くなると思います。「今9月入学を行うのは時期尚早だが、いずれは変えた方がよい」と考えておられる方(特に政治家の方)は今すぐこの法案を通せばよいと思います。3年間も議論できる期間ができます(新しい枠は幼稚園入園時から行う必要があるため)し、途中で法律を失効させれば4月入学のままにすることもできます。その時は4月~8月生まれが極端に少なく、9月10月生まれが極端に多いだけで特に何も問題は起きません。

 

私はこの案なら「1.4倍問題」で反対されていた方からの支持が得られたのではないかと思います。9月入学に何が何でも反対されている方は別ですが、その他の反対の理由として、「早く産まれた子供の入学時期が遅くなり、世界と比べ学習が1年以上遅れる」という意見があります。その話は別の機会に書きたいのですが、簡単に書けば「それの何が問題なのですか」と思います。

 

この案は、あくまでも個人レベルで考えただけのものです。様々なご意見があろうかと思います。是非ご意見を頂戴したく思います。ただ、批判的なご意見ばかり集まるとへこみますので同意された方からも頂ければ有り難く思います。

 

 

他にも書きたいテーマがたくさんあります。オンライン教育や社会全体への影響の問題もあります。実はここまでの7本はこの週末に一気に書き上げました。疲れましたし、他にしないといけない仕事があります。残りのテーマは数日おき(あるいは週末ごと)に書くことになると思います。もしご興味をお持ち頂けましたら今後もご覧頂ければと思います。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題⑤ 各論④休みを削ってまで学習させることが本当に大切か(学習内容の大幅削減は問題か)

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

このブログをご覧頂く方がどの回を最初に見て頂くがわかりませんので、毎回同じことを最初に書かせて頂きます。私の「9月入学問題」に関する基本的スタンスは、「学習内容を大幅に減らしたうえで3月卒業(つまり4月入学)」か、「8月31日まで休校とし、その間にオンライン体制を万全なものとし、対面授業とオンライン授業を併用したカリキュラムのもと7月卒業(つまり9月入学)」のどちらかがよいと元々は考えており、現在は「どちらかで言えば9月入学の方が良い」という立場です。

 

その理由をこの「各論」で述べていきます。

今回は、文科省が採った「学習内容をほとんど減らさず3月卒業」について、「学習内容を減らさないのはおかしい」という話よりも、最後に書いた「学習内容を減らすことの何が問題なのか」をお伝えしたく思います。

 

まず、文科省の採った方策は子供にとって無理がありすぎて、学力格差をさらに大きくさせる、あるいは全体的に大幅な学力低下を生むことになる可能性があります。

 

学力格差の話をする場合、必ず出てくるのが「学力格差は起きて当たり前だ。勉強をしない子はどのような環境でもやらないし、むしろできる子を伸ばさないといけない」「平等主義が日本の学力低下を招いている」といった論です。仰ることはごもっともです。ただそうした論に反対したいのは、1つは私が見ている中学生の学力は低すぎる子が多く、将来生きていけるのかとても心配になります。実際にそうした子と接すれば「何とかしてあげたい」という気持ちになります。

 

そしてもう1つが「学力格差が想像以上に大きくなり、将来国家レベルの問題になりかねない」ということです。

 

低位クラスは確かにどのような環境でもそれほど変わらないかも知れません。しかし一番多い層である中位クラスの子はなぜ中クラスなのか、それは「勉強を仕方なくやっている」からです。一方上位クラスの子は「必要を感じて勉強をしている」から成績がいいのです。中学生くらいになると頭の善し悪しも成績に大きく関わりますが、根本的なこととして「学習に対する意欲」がその子の成績を支えています。コロナの休校期間中でその差は歴然としたものになったと思います。そして学校再開後ですが、過酷な環境下でも学習に励めるのは学習意欲の高い子供です。意欲が低ければ外部環境により集中力が大幅に低下します。勉強しなくなる子も出てくると思います。塾に通ったとしても別の回で書いたように脳は疲労しきっているので学習効率は下がります。なにより成績中クラスの子はテスト直前に詰め込み学習をします。しかし今回は期末テスト1回だけですので範囲も多く詰め込みきれません。さらに別の回で詳しく書きますが、デジタル化の一番良くない点として、「モニタでの学習は学習意欲が高くないと身につかない」という点です。これまで「先生に見られているから勉強していた」生徒が、自分から取り組まないといけないデジタルの世界で学習成果を上げることはすぐにはできないと思います。

 

こうしたことから、「成績上位層と次の層との間に大きな格差ができるのではないか」あるいは「中間層が大幅に減るのではないか」という懸念が生まれるのです。つまり学力の低い人材が将来大量に世に出る可能性があるのです。もしそうなれば国家存亡の危機です。それでも学力格差は起こした方がよいでしょうか。

 

一方私が主張する「学習内容の大幅削減」ですが、例えば最初から最後まで「ゆとり教育」で育った子供がすでに社会に出ています。彼らは社会に貢献できていないでしょうか。優秀な人も大勢いると思います。学習する量が少なければやる気の出る生徒は多いです。「学習する量が多くてやる気がなくなる生徒が増える」よりも「学習する量は少ないが多くの生徒が真剣に取り組んでいる」方が良くないですか。なお、「ゆとり教育」の時に活躍したのは塾です。削減されたことにより不足する学習は塾が担い、やりたい子だけがやればよいのです。そうすれば全体的な学力を落とさずに、かつ伸びる子を伸ばすことができます。

 

最後にもう一度言わせて下さい。「詰め込みにして無理矢理3月卒業」させようとしている文科省の方針は明らかに間違えています。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題④ 各論③根本的な4月入学のデメリットと9月入学にした時の年間計画

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

このブログをご覧頂く方がどの回を最初に見て頂くがわかりませんので、毎回同じことを最初に書かせて頂きます。私の「9月入学問題」に関する基本的スタンスは、「学習内容を大幅に減らしたうえで3月卒業(つまり4月入学)」か、「8月31日まで休校とし、その間にオンライン体制を万全なものとし、対面授業とオンライン授業を併用したカリキュラムのもと7月卒業(つまり9月入学)」のどちらかがよいと元々は考えており、現在は「どちらかで言えば9月入学の方が良い」という立場です。

 

その理由をこの「各論」で述べていきます。

今回はタイトルの通り「4月入学はそもそも限界がある」ということです。

 

ご承知の通り入試の時期はインフルエンザが流行ります。最近は温暖化で少なくなりましたが大雪が降り電車が止まったりすることがあります。一方夏は年を追うごとに暑くなり、大人に対しても「運動するな」とか「外出するな」と注意が呼び掛けられます。そんな時期になぜ子供に運動をさせるのでしょう。まして大会など嫌でも頑張るようなことをさせるのでしょう。

 

理由は簡単で「期末テストが終わっている」ということと「夏休み」ということで時間が取れるからです。誰もがこの暑い中運動をさせるのはよくないとわかっていても他にできる時がないからしているのです。

 

そうしたなか「コロナウイルス」というのが現れました。ウイルスは暑さに弱いはずなのに30度を超えるような今でも活動をしています。誰もが次の冬に強烈な感染の波が来ることを恐れています。しかし文科省は冬に入試をする決断をしました。入試はリモートではできないと思います(将来的にはできるかも知れませんが)。3密を避けることもできないと思います。入試の最中に換気をするのでしょうか。受験者は必死なので仮に感染していても受験会場に来る可能性は非常に高いです。入試は全国各地でほぼ同時期に行います。大学入試は県を超えることが多いですし、高校入試でも私立高校でしたら県を超えます。感染者対策として試験日をずらすこともできるかも知れませんが2週間以上もずらせるのでしょうか。大学はもっとそうだと思いますが、高校入試であっても日程は詰まっています。何より入試はスポーツと違い中止することができません。もしも内申書だけで判断するとなれば「内申書の学校格差」があり大問題です(私は入試に内申点を入れていること自体に問題があると思っています)。

 

こうした問題は「9月入学」により解消されます。

まず学年の終わりは7月中旬(今の1学期の終業式頃)です。まずここで夏休みを純粋な休みとして満喫できます。自動的に入試は公立入試が7月初旬・私立入試が6月初旬・大学の共通テストは5月中旬になります。スポーツの大会は12月~1月になりますが、期末テストを11月末に行い、12月の3週目から4週間冬休みにすればよいのです。テスト明けから行えばたいていの大会は終われます。そして冬休みを増やした分春休みは無くし、その代わりゴールデンウイークを1週間休みにし、春休みの代わりにすればよいのです。今は入試の前に正月があるので受験生は毎年正月をどう過ごせばよいのか葛藤しますが、ゴールデンウイークであれば受験勉強に励めます。

 

これが私が考える「9月入学」にした場合のスケジュールです。豪雪地域であればできる競技に限りが出るという問題がありますが、それよりも「勉強は暑すぎてもエアコンがあればできる、スポーツは寒くてもできる」というのがそもそもの私の考えです。おそらくこれに反対される方はコロナやインフルエンザの時期にスポーツをさせたくないという考えの方だと思います。しかし他にできる時期はありません。今の夏の大会というのは最上級生の引退試合となります。秋だと早すぎますし、春だと遅すぎます。つまり冬に入試か大会のどちらかを持ってこないといけないのですが、どちらかであれば私は冬に入試をやってほしくないですし、スポーツによる死の危険を考えれば夏より冬の方がリスクが低いと思っています。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題③ 各論②クラブ活動で気をつけて頂きたいこと

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

これは9月入学と関係ないのですが、前回のブログでクラブのことを書いていたら長くなりすぎてしまったので独立させました。

 

学習環境も心配ですがそれ以上に心配なのがクラブ活動(もちろん運動部と吹奏楽部)です。クラブをやりたがっている子供は多いので「させない」わけにはいきません。指導される方は熱中症対策、感染防止対策はもちろん取り組まれるでしょうが、疲労を夜に残さない指導をお願いしたいです。今年の子供達は学校で1日過ごすだけで普段以上に疲労していることを忘れないで頂きたいです。暑さ慣れをしていない、感染症対策をしている、学習時間が増えている以外に、彼らはこれまでと明らかに違う環境に神経を使っています。学習による疲労も神経的な疲労も運動による疲労もすべて脳の疲労です。普段と同じメニューをさせると次々と倒れていく可能性があります。熱中症対策や3密対策だけすればいいわけではありません。

 

ただ子供達はクラブが大好きなので自分のすべてを出し切って乗り越える子が多いと思います。そのためクラブの指導者は問題ないと考えるかも知れません。本当に問題なのはその後です。学校の勉強は学校で授業を受けていればそれでよいわけありません。家に帰った後、自宅や塾で復習をしたり学校の宿題をしないといけません。すべてを出し切ってクラブをした彼らの中で、この後さらに勉強ができる子がどれくらいいるでしょう。しかも例年より学習密度は高まっていますし、例えば授業動画など今まで触れたことのない学習もあります。そこでも神経を使いますから、つまりクラブで倒れなくても家や塾で倒れたり、勉強をしなくなる可能性があるということは指摘しておきたいと思います。

 

また、生駒市の場合夏休みは16日間ですが、その期間どの程度活動させるのでしょうか。私は3年生の引退試合以外活動させてはいけないと思います(近隣の学校と1回試合をするくらいは問題ないと思います)。やるにしても出席自由とし、周囲からの強制力を与えてはいけないと思います。

 

それよりも学校は(感染の状況にもよりますが)積極的に外に出るよう促して頂きたいです。外といっても公園で遊ぶのではなくどこかの施設へ行ってほしいのです。文化施設に限らず大型ショッピングセンターや遊戯施設で構いません。それも貴重な社会経験ですし、何よりも大きな息抜きになります。そのためクラブ活動をしてほしくないのです。前回のブログに書いたように彼らは春休みがなく、例年と比べ社会経験の量が減っているのです。おそらく学校は夏休みの宿題を出すでしょう(宿題も出してほしくないのですが)。これにクラブがあれば宿題とクラブだけで夏休みが終わってしまいます。1・2年生は外で遊ばせてあげたいですし、3年生には受験勉強をさせたいです。テーマと離れるので別の機会に書きますが、学校は16日しかない夏休みで受験勉強はいつから始めさせることを想定しているのでしょう。

 

ついでなので書きますが、よく体育連盟や協会などが大会をやりたがっている話を聞きますが、秋にだけは絶対にやってほしくありません。受験校は11月にほぼ決まります。11月は実力テストと最大規模となる業者模試と期末テスト(今年は12月になるでしょうが)があり、それ以降は全体的な位置を知ることができず、内申点も確定します。12月以降はその時に決めた学校に合格するための学習期間です。つまり8月~10月は通常の学習に加え1・2年の復習をしないと行きたい高校に行けなくなる中学生が増えるのです。ですから秋に3年生の大会はしてほしくありません。ただ、夏休みはもっとしてほしくありません。結論としては夏休みに入った時に市内の別の中学校と引退試合をして引退、が一番良いかと思います。

 

話がいろいろ飛んでしまいましたが、一番言いたいことは「クラブ活動は指導者がよほど気をつけないと学力が大幅に落ちる」ということです。私が主張する「学習内容の大幅削減」と「全体の学力が大幅に下がる」ことは全く意味が違います(2つ後のブログに書いています)。クラブの指導者はふつう学校の先生です。ただでさえ休校期間中に学力格差が拡がっています。これを気にしない先生がおられないことを信じています。

 

ちなみに学校のクラブだけでなく、外部のクラブスポーツではもっとそれがいえます。クラブスポーツの指導者は学校の先生ではありませんから、なお教え子の学力には気を配って頂きたいです。トップアスリートを目指す子供は別として、「スポーツさえ頑張っていれば勉強はできなくていい」という考えはあまりよろしくないと思います。むしろ「勉強ができていないなら参加するな」と言って頂きたいです。

 

クラブの思い出作りはもちろん大事です。ただ高校へ進学しない子供はほとんどいません。クラブの思い出は高校でも作れます。もちろん違うクラブに入ったりクラブに入らなかったりすることもありますが、それはそれで新しい思い出を作ればよいのです。クラブへの思い入れの強い方が多いので非常に言いにくいのですが、「強い思い出や目標に向かう努力やかけがいのない仲間と出会う」ことはクラブ以外でも学生時代に作ることはできると思います。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題② 各論①行事や休みを削減することの弊害

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

このブログをご覧頂く方がどの回を最初に見て頂くがわかりませんので、毎回同じことを最初に書かせて頂きます。私の「9月入学問題」に関する基本的スタンスは、「学習内容を大幅に減らしたうえで3月卒業(つまり4月入学)」か、「8月31日まで休校とし、その間にオンライン体制を万全なものとし、対面授業とオンライン授業を併用したカリキュラムのもと7月卒業(つまり9月入学)」のどちらかがよいと元々は考えており、現在は「どちらかで言えば9月入学の方が良い」という立場です。

 

その理由をこの「各論」で述べていきます。

今回はタイトルの通り「学校が行事や休みを削減することによる子供達への影響(結果として弊害)」です。

 

結局文科省は「学習内容をほとんど減らさず3月卒業」を選びましたが、その結果「休みを減らして授業を増やす・行事を可能な限り潰す」ことになりました。子供たちにとってそれがいいわけがないのは明らかです。

 

<休みを減らすことによる影響>

休校期間中は休みではありません。彼らは春休みどこへも行っていませんし、スポーツもしていません。そのうえで「休みはありません、とにかく勉強してください」という方針で健全な成長が見込まれるでしょうか。子供は勉強だけで育っていくのでしょうか。様々な経験を積むことも健全な成長につながり、そして休みの日にしかできないことはたくさんあります。我々はそういった環境で育ち現在の社会を作っています。しかし文科省はこれまでと違う育て方を全国一斉で行いました。これは国を大きく変容させる可能性すら感じます。

 

<夏休みを減らすことによる影響>

簡単に夏休みを潰してくれましたが、子供達は4月5月ずっと家にいたので暑さ慣れしていません。体も動かしていない子供も多いので体力も落ちています。教室ではマスクをしないといけないですし、エアコンがあっても換気のため窓を開けます。もし室外機が下にあればそこからの熱気が教室に入ってきます。体育の後の授業はさながら地獄絵図となるのではないでしょうか。熱中症ももちろん心配ですが、そうでなくとも集中力が持たないのではないかと思います。

 

「そんなことにはならない」と自信を持ったうえで夏休みを削ったと私は信じています。誰ひとり熱中症にならず、全員が意欲を持って6限まで学習に励めると信じています。

 

<行事を減らすことによる影響>

学校は勉強だけをさせる場所ではありません。様々な行事を通じて協調性や社会性、教科書にはない知識、視野の拡大等が育まれます。

 

大きな行事である体育祭・文化祭・修学旅行などは確かに感染拡大のことを考えると例年と同じ内容を行うことは困難であると思います。しかし学校に全員を登校させるのであればある程度のことはできるはずです。本当に危険を感じているならいつまでも分散登校をさせるはずです。であるなら形を変え実施するべきです。修学旅行も他県は無理かも知れませんが県内なら行けると思います。バスなら窓を開けられますし、県内各地を2泊3日で巡れば奈良の魅力を改めて知ることができますし、意義はあると思います。観光業界の方も喜んで受け入れてくれると思います。なにより子供が喜びます。

 

ただそれらを実行すると学習スケジュールがさらに過密となります。だから4月入学継続でいくのであれば学習内容を大幅削減すべきなのです。

 

また小さな行事、例えば職場体験・出張授業・文化鑑賞・平和学習等々はどこまで行うのでしょう。それらは1つ1つに意味があるので行っているはずです。もしほとんど行わないとなると学校の意味がありません。勉強だけなら正直塾に任せてほしいです。

 

つまり、今のままだといくら学校を開けても子供達の本来の成長は通常通りとはならないということです。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

9月入学問題① 入学時期についての私の基本的な考え

estelkyoiku@gmail.com 2020年06月8日 カテゴリー: 未分類

もう完全に消えてしまいましたが、現在の「4月入学」を「9月入学」に変える、いわゆる「9月入学問題」について私がどう考えているのかを最初に書いておきます。

 

チラシにも書きましたが、今回取るべきだった方策は「学習内容を大幅に減らしたうえで3月卒業(つまり4月入学継続)」か、「8月31日まで休校とし、その間にオンライン体制を万全なものとし、対面授業とオンライン授業を併用したカリキュラムのもと7月卒業(つまり翌年より9月入学)」のどちらかだったと思います(どちらも採用されませんでしたが)。

 

個人的な結論としては「断定はできないが、どちらかでいえば9月入学の方が良い」です。双方にメリット・デメリットがあるのですが、私にとってのメリット・デメリットは「子供にとって健全な成長ができ、かつこれまでと同等の教育水準(勉強だけではありません)を与えられるかどうか」であり、例えば世間で言われる留学による国際交流などは私はあまり重きを置いていません。

 

<9月入学にした場合のメリット>

①行事や休みの削減を最低限に抑えたうえで、これまでと変わらない学習を今年度も提供できる。

②入試をインフルエンザ・大雪といったふさわしくない時期から避けられる。

③巨大なコロナ感染が冬に再来したときの入試の混乱を避けられる。

④温暖化が進むなか、真夏の一番暑い時期にスポーツの大会をしなくてすむ。

 

<4月入学継続のメリット>

①日本の四季に沿った教育を行うことができる。

②社会構造を変えたり、巨額の費用負担が必要ない。

③学習の時間的遅れが生じない。

④現場の混乱が少なくなる。

⑤どこかの学年が極端に多くなるいわゆる「1.4倍問題」や「学費負担増加」等の問題が起きない。

 

<9月入学のデメリット>

デメリットはメリットの反対になるので書く必要がありませんが、書いていないことが1点だけ

①一度変えたら戻すことができない。

 

問題を議論するときに必要なことは「どちらのメリットの方が有用性が高いか」「デメリットはどちらの方が解消しやすいか、あるいは受容できるか」「守らなければならないものは何か」それらの総合判断で結論を出すものだと思います。

 

その結果、私は9月入学の方が良いと考えました。ただ4月入学継続でも構わないのですが、その場合は「学習内容を大幅に減らす」必要があります。それぞれの詳しい内容は次回以降のブログに書いていきます。

 

現在「9月入学問題」は時期尚早ということで棚上げになりました。「この混乱しているときにさらに混乱させるようなことをしてはいけない」、「議論する時間が短すぎる」といった声が主だと思いますが、問題がないときに社会全体を変えるような改革を国民は望むでしょうか。自然災害やウイルスのように我が身に迫った問題は平時に戻っても関心を持ちますが、教育制度のようなものは「今それなりにうまくいってるならわざわざ変えんでもええやん」ましてや改革することによって社会の変化を求められると「何で変えなあかんねん」にきっとなると思います。

 

今回は触れませんでしたが、「オンライン教育」も今後避けられないテーマになります。オンライン教育が今後学校現場を大きく変えていくとは思いますが、それの功罪についてももちろん取り上げていきます。

 

長くなりましたので今回はここまでとさせて頂きます。

最後までご覧頂きありがとうございました。

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