この文章は昨年9月に書いたのですが、出すタイミングを失いお蔵入りになったものです。

しかし改めて読み直したとき、他の方特にこの塾に興味を持たれた方に読んで頂きたいと思い掲載することにしました。なお、文章は当時のままにしてあります。

 

芦田愛菜さんの『信じる』ことのスピーチが話題になっています。

映画のPRイベントで記者から質問された時の返答ですが、要約すると

 

「一般的に『信じる』という行為はその人に自分の理想や期待を被らせている。そのため『裏切られた』などという感情を持つが、それはその人の見えなかった部分が見えただけである。だから『信じる』ということはその見えなかった部分も含めてその人を受け入れることである。」といったものです。

 

実際のコメントはYouTubeにも動画が上がっているのでご覧頂ければと思います。

 

彼女は16歳です。16でここまでの思慮深さと伝達力がある人はなかなかいないと思います。内容も掘り下げたいのですが、今回はこうした発言ができる背景を考えたく思います。

 

大勢の前で自己の見解を理路整然と発言できる能力は幼い時から女優をしていたからですが、発言の内容については多くの方が指摘されているように『読書の量』にほかなりません。

 

私は知りませんでしたが、彼女の読書量は並外れていて6歳の時に月60冊本を読んだり、小学校高学年になっても年180冊読んだりしていたそうです。役者やタレントの仕事をしながらということを考慮するとその凄さは際立ちます。

 

やはり読書は大切なのだと改めて思わされました。彼女のような聡明な人物を育てたければ読書をさせる必要があります。

 

しかし現実はどうでしょう。ネット世界が蔓延することにより、読書ができる時間は圧倒的に減りました。また中学生であれば、学習量はとんでもなく多く来年からはさらに増えます。またクラブ活動の時間も2年前から少し減りましたが個人的にはまだ多すぎると思っています。

 

幼い時から読書が習慣になっている子供はともかく、中学生から読書を習慣づけることはかなり困難であると思います。特に読書をする必要のある成績の低い生徒は読書以前に日々の学校の復習すらままならない状態です。

 

なお、学校が朝の10分だけ読書をさせてもその子供が劇的に変わることはあまりありません。本当の意味で読書から得られるもの、例えば想像力・表現力・多様な価値観といったものは多くを読むことによって得られます。

 

しかし量を読むためにはスピードが必要です。本を読んでいなければそもそも読むスピードが遅いので量が読めません。だからといって字面を追うだけになっても意味がありません。つまり時間が無く、読むスピードが遅い子供に読書の効果はなかなか期待できないのです。もちろん1冊を丁寧に読むことも大切ですし、読み続ければ多少なりとも効果は出ますので、だから10分読書でも価値が無い訳ではありません。

 

結論ですが、聡明な人物に育てたければ読書は最善の方法かも知れません。ただそのためには幼い時から読書をさせる必要があります。では、読書をあまりせずに中学生になった場合はどうすればよいのでしょうか。

 

私は3つのことを考えます。

 

1つ目は「全員が聡明である必要はない」ということ。生きていくことと『信じる』の自己解釈ができることは同列に扱うことができません。

2つ目は「将来の人生経験に期待する」ということ。読書だけが頭を良くするわけではないということです。

3つ目は「教育行政が改革を行い子供にゆとりを持たせる」ことです。個人的にはこれを一番望むのですが、「ゆとり教育」が失敗したためどうすれば今後実現できるのだろうと悩みます。

 

ちなみに私自身は幼い時から人並み以上には本を読んでおり、中学生になってもそれは続いていました。今は全くと言っていいほど読まなくなりましたが、それでも子供の時の経験は今でも生きています。

 

読書が必ずしも必要かと言われればそうとは言い切れません。しかし、した方が良いことにちがいはありません。そのため結果的に読むか読まないかはともかく「読書の大切さ」は今の子供たちへも伝える必要があると思い直しました。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。