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塾長ブログ

春期講習用教材の目次

estelkyoiku@gmail.com 2021年02月22日 

アクセス頂きありがとうございます。

ここでは春期講習用の英語と数学の教材の目次をご紹介します。

各リンク先はPDFファイルになります。

英語目次

数学目次

 

 

期間限定公開中 春期講習授業動画 導入編

estelkyoiku@gmail.com 2021年02月22日 

アクセス頂きありがとうございます。

ここでは春期講習用の英語と数学の授業動画の導入部分をご紹介します。

各タイトル下のリンク先をクリックして頂きますとYOU TUBEでの動画が始まります。

塾選びのご参考にして頂ければと思います。

 

<新1年生用英語>

第1回「はじめに」(4:49)

https://www.youtube.com/watch?v=cfCYijfJmBM&feature=youtu.be

第2回「この教材の使い方」(6:21)

https://www.youtube.com/watch?v=Gjl1VLIBte0&feature=youtu.be

※この動画は新2・3年生用英語第5回と同じ内容になります。

 

<新2・3年生用英語>

第1回「はじめに」(7:37)

https://www.youtube.com/watch?v=loduTnPKmKU&feature=youtu.be

第2回「英語の4技能」(7:32)

https://www.youtube.com/watch?v=NGJ76CTpGIY&feature=youtu.be

第3回「単語」(5:07)

https://www.youtube.com/watch?v=j8o1xrnDvEg&feature=youtu.be

第4回「英語の学習で知っておくこと」(9:57)

https://www.youtube.com/watch?v=Zv7o4gS9jK8&feature=youtu.be

第5回「この教材の使い方」(6:21)

https://www.youtube.com/watch?v=Gjl1VLIBte0&feature=youtu.be

 

<全学年共通数学>

「導入(前半)」(9:37)

https://www.youtube.com/watch?v=DO77KDPgZKk&feature=youtu.be

「導入(後半)」(7:42)

https://www.youtube.com/watch?v=T27qHVVe7UQ&feature=youtu.be

『はじめてのおつかい』はなぜ泣けるのか

estelkyoiku@gmail.com 2021年02月17日 

この文章は昨年12月に書いたのですが、出すタイミングを失っていました。タイムリーなネタではないのですが、この時期初めて見られる方もおられるかと思いますので、私の人となりを知って頂くために掲載します。

 

3年ほど前に深夜の再放送で『はじめてのおつかい』を見ました。以前見たのはいつだったか覚えていないくらい久しぶりに見ました。そして大号泣しました。以来放送があると欠かさず見ています。そして見るたびに泣いてしまいます。

 

多くの方がご存じの番組ですので説明は不要だと思いますが、4歳くらいの子供が1人でお使いに行く様子を追いかけるというものです。

 

この番組は、小さな子供が懸命に頑張る健気な姿や負けそうな自分と戦いながら自立への一歩を踏み出す姿、それを温かく見守る家族の姿などが見所だと思うのですが、しかしなぜあんなにも泣いてしまうのでしょう。

 

1つは、自分に子供がいないので映像上の子供を自身の子供に投影してしまうというのがあります。もちろんお子様をお持ちの方も同じような目線で見られていると思いますし、我が子と重ねたときの思いは計り知れないものと思えます。しかし自分に子供がいない時の無念さも一方ではあるのです。

 

そしてもう1つは、地域の方々の温かさだと思います。演出もあるのでしょうが、地域の方々が常に子供の目線に立ち、優しい言葉をかけ、一緒に欲しいものを探したり、お土産を渡したり、励ましたりして温かく見守っている。「こうした環境で育てばこの子はきっといい子に育つだろうな」と思ったりします。つまり「みんなで子供を育てている」ところに感動しているのだと思います。

 

ところが今の時代はどうでしょう。店は無人化されていっています。「人と距離を取る」ことは学校でも指導されていますし、コロナがなかったとしてもIT社会は「他人に冷たい社会」へ進んでいくような気がしてなりません。知らない人が声をかけたら犯罪者扱いされます。

 

小児性愛者が犯罪を起こしているのは事実ですから、その点は細心の注意を払わせることが当然であると思います。しかし店員や近所のよく知った人まで疑い出しかねない世の中になってきているような気がするのです。

 

 

大人が他人に対して興味を失ったり、疑いの目しか持てなくなってしまうと社会はどうなるでしょう。まして幼い子供であればどのような影響を受けるでしょう。そうしたことは現実に起こり得るのです。

 

ですから、今我々が意識しないといけないことは「他人の温もり」をどうすれば知ることができるのか、のような気がします。そしてそれは本当にネット上の世界で実現できるのか、ということです。私自身たまに人と会って話をすることがありますが、メールやLINEだけのやりとりにはない安心感があります。リモートをしたことがないのでわからないのですが、画面越しで会話をすることが直接会うことと同等の体温を得られるのでしょうか。

 

明治維新や戦後の復興は世の中を大きく変えました。その結果として現在があります。したがって社会が変容すること自体は受け入れる必要があります。しかしこれまでの大きな変革においても、例えば「他人への思いやり」「人と人とのふれあい」など人間が失ってはいけない部分は変わらずに守り続けていたように思えます。

 

『はじめてのおつかい』を見て泣いてしまうのは、人間が大きく変わってしまいそうな気がしてならないと感じるからかも知れません。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

芦田愛菜さんから思うこと ~読書は必要か~

estelkyoiku@gmail.com 2021年02月17日 

この文章は昨年9月に書いたのですが、出すタイミングを失いお蔵入りになったものです。

しかし改めて読み直したとき、他の方特にこの塾に興味を持たれた方に読んで頂きたいと思い掲載することにしました。なお、文章は当時のままにしてあります。

 

芦田愛菜さんの『信じる』ことのスピーチが話題になっています。

映画のPRイベントで記者から質問された時の返答ですが、要約すると

 

「一般的に『信じる』という行為はその人に自分の理想や期待を被らせている。そのため『裏切られた』などという感情を持つが、それはその人の見えなかった部分が見えただけである。だから『信じる』ということはその見えなかった部分も含めてその人を受け入れることである。」といったものです。

 

実際のコメントはYouTubeにも動画が上がっているのでご覧頂ければと思います。

 

彼女は16歳です。16でここまでの思慮深さと伝達力がある人はなかなかいないと思います。内容も掘り下げたいのですが、今回はこうした発言ができる背景を考えたく思います。

 

大勢の前で自己の見解を理路整然と発言できる能力は幼い時から女優をしていたからですが、発言の内容については多くの方が指摘されているように『読書の量』にほかなりません。

 

私は知りませんでしたが、彼女の読書量は並外れていて6歳の時に月60冊本を読んだり、小学校高学年になっても年180冊読んだりしていたそうです。役者やタレントの仕事をしながらということを考慮するとその凄さは際立ちます。

 

やはり読書は大切なのだと改めて思わされました。彼女のような聡明な人物を育てたければ読書をさせる必要があります。

 

しかし現実はどうでしょう。ネット世界が蔓延することにより、読書ができる時間は圧倒的に減りました。また中学生であれば、学習量はとんでもなく多く来年からはさらに増えます。またクラブ活動の時間も2年前から少し減りましたが個人的にはまだ多すぎると思っています。

 

幼い時から読書が習慣になっている子供はともかく、中学生から読書を習慣づけることはかなり困難であると思います。特に読書をする必要のある成績の低い生徒は読書以前に日々の学校の復習すらままならない状態です。

 

なお、学校が朝の10分だけ読書をさせてもその子供が劇的に変わることはあまりありません。本当の意味で読書から得られるもの、例えば想像力・表現力・多様な価値観といったものは多くを読むことによって得られます。

 

しかし量を読むためにはスピードが必要です。本を読んでいなければそもそも読むスピードが遅いので量が読めません。だからといって字面を追うだけになっても意味がありません。つまり時間が無く、読むスピードが遅い子供に読書の効果はなかなか期待できないのです。もちろん1冊を丁寧に読むことも大切ですし、読み続ければ多少なりとも効果は出ますので、だから10分読書でも価値が無い訳ではありません。

 

結論ですが、聡明な人物に育てたければ読書は最善の方法かも知れません。ただそのためには幼い時から読書をさせる必要があります。では、読書をあまりせずに中学生になった場合はどうすればよいのでしょうか。

 

私は3つのことを考えます。

 

1つ目は「全員が聡明である必要はない」ということ。生きていくことと『信じる』の自己解釈ができることは同列に扱うことができません。

2つ目は「将来の人生経験に期待する」ということ。読書だけが頭を良くするわけではないということです。

3つ目は「教育行政が改革を行い子供にゆとりを持たせる」ことです。個人的にはこれを一番望むのですが、「ゆとり教育」が失敗したためどうすれば今後実現できるのだろうと悩みます。

 

ちなみに私自身は幼い時から人並み以上には本を読んでおり、中学生になってもそれは続いていました。今は全くと言っていいほど読まなくなりましたが、それでも子供の時の経験は今でも生きています。

 

読書が必ずしも必要かと言われればそうとは言い切れません。しかし、した方が良いことにちがいはありません。そのため結果的に読むか読まないかはともかく「読書の大切さ」は今の子供たちへも伝える必要があると思い直しました。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

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