久しぶりの更新です。

投稿には熱意とそれなりの勇気がいります。最近でも下書きはたくさん書いていました。しかし投稿するための一押しが出ませんでした。今年は3年生が一人もいないことと、3ヶ月出させて頂いたラジオで結果を残せなかったことが熱意を消沈させていました。

 

そんな中、書かずにはいられない嬉しいニュースがありました。

 

私はかねてより、「民主主義を教える学校は生徒に対し、『校則は生徒の力で変えることができる』ということを教えなければならない」と主張してきました。

 

校則は変えられないとおかしい

 

25日の産経新聞のネットニュースによると、「『女子の靴下は白色でなければならない』という校則に疑問を呈した中学生が、その廃止の是非を生徒による投票で決したいと訴え、学校の許可を受け実施。圧倒的賛成多数によりその校則を廃止させた。」とのことです。

<記事参考>※一定期間で削除されます。

「女子だけ白靴下は不平等」 生徒らが選挙を発案 意見示し学校動かす(産経新聞) – Yahoo!ニュース

 

ちなみに女子生徒にとって靴下の色問題は深刻で、私が教える生徒からも「靴下を自由にしてほしい」という声をよく聞きますし、「靴下が白だから」という理由で郡山高校を受けずに平城高校を受験した生徒もいました。私自身も「白でないといけない理由など何一つなく、かつ靴下を自由にしたからといって風紀が乱れたり、いじめが起きたりするとは到底思えない」と考えます。

 

ましてや、今回のように自分たちで作った校則であれば、なおそれを大切にするでしょうし、彼らが卒業しても「先輩が作った校則」であればそれをつぶすような生徒は滅多に現れないと思います。

 

しかし多くの学校は生徒が声を上げたくらいでは校則を変えようとしません。それを生徒は知っているため、初めからあきらめて我慢する道を選択します。あるいは内申のことを心配しておとなしく過ごそうと考えたりもします。そのような子供ばかりを育てることがこれから先の世の中にとって本当によいでしょうか。

 

Yahooのコメント欄にも書きましたが、世の中はすでに個性の尊重や多様性を認め、理解することが求められています。従来からの校則を見直しもせず、自由な発言もさせず、唯々諾々と従わせることが果たして正しい教育なのか、と思います。

 

むしろ、理不尽なこと、不満に思っていることに声を上げられる、行動を起こすことができる子供を育てる方がこれからの世の中にとって必要なことではないでしょうか。国際競争力という点においても、日本人はおとなしすぎて外国と対等に渡り合えないという側面があります。これまで以上に世界における日本の発言力が求められていく中で、自由に発言ができない環境で育てることが果たして正しいことでしょうか。

 

もちろん服装に関して、職業による制服の必要性や、社会生活上のマナーを知る必要はあると思います。それはそれで教えるべきで「制服をなくせ」とまでは思っていません。必要なことは「何が必要で何は必要でないのか」を話し合いを通じて生徒に学ばせることです。

 

そんなに構っていられない、他にするべきことが多すぎるという意見もあるかと思います。だから過去に何度も主張していますが、教える学習内容をあるいはクラブ活動の時間を減らさないといけないのです(クラブについては下書きで何度も書いていますが公開はまだしていません。いずれ公開します)。

 

別の意見として、「社会はそんなに甘くない。世の中や周囲の環境なんて簡単に変えられるものではない。」というのもありそうです。しかし初めからあきらめて育ってきた大人と、成功体験をして大人になった人が同じ力でしょうか。挫折することもあるかも知れませんが、前者よりは遙かに変える可能性は持っていると思います。

 

 

私は教育者の本当の端くれです。いえ、自称教育者です。ですから私の意見に耳を貸す人などいません。このブログも何人の方に見て頂いているのでしょう。本当の教育者の方は今回の中学生のことをどのように受け止めていらっしゃるのでしょう。また、不安しか感じない将来を若い彼らが生き生きと生きていくためには、今どのような教育をすることが必要と考えていらっしゃるのでしょう。

 

私は今回の中学生の動きは実際に行動した生徒会長のみにとどまらず、投票に関係の無かった男子生徒にも影響を与えたのではないかと考えます。私は将来の彼らの活躍と、こうした動きが全国に広まっていくことを期待したいのですが、果たしてどうなるでしょうか。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。