この話はYouTubeにダイジェストとしてあるのですが、文章としても残しておこうと思います。

 

校則がある一番の理由は「管理がしやすいから」だと思うのですが、生徒に対してそれは口にできません。そのため「なぜこの校則があるのか」「なぜ守らないといけないのか」という問いに対し、「校則に書いてあるから」と答える先生もおられると思います。ただ先生であるのなら、どう考えてもおかしい校則は除き、本来説明はできなければいけないと思います。

 

校則を説明する時によく引き合いに出されるのが法律です。「日本は法治国家であり、法律は国民として守らなければならない。それに慣れるために校則があり、だから守らないといけない。」と言う理屈です。法律は審議を重ね、必要な理由をはっきりさせているから守らないといけないのです。

 

また、「社会に出たら理不尽な規則もあるから、それに戸惑わないよう納得のいかない規則にも従える耐性をつける必要がある」という意見も聞いたことがありますが、それは屁理屈で中学生に対して言うべきことではないと思います。

 

「服装の乱れは心の乱れ」とか判で押したような答えをする先生もいかがかと思います。「服装を乱していても心は乱れていない大人」を子供はたくさん知っています。

 

先日、髪型のツーブロックが都立高校の一部で禁止されたというニュースがありました。都教委の教育長は「外見が原因で事件や事故に遭うケースがあるから」と理由を述べていました。誰が納得できるのでしょうか。

 

一方、「校則を全て無くしました」という学校がありましたが、それも変な話です。集団生活を営む上で明文化されたルールは必要です。個性だけ認めても社会は成り立ちません。自分で線引きをする力も大事ですが、「規則に従う大切さ」そして「規則に対して疑問を持つ姿勢」も教育には必要だと思います。

 

 

つまり「校則は社会性を身につけるなど集団生活を営む上で必要なものであり、かつ説明できないものは校則にしてはいけない」ということです。そして本論ですが、私が言いたいのは「生徒が校則を変えられる(または新たに作れる)学校」を目指すべきだということです。

 

納得のできないことを誰もが訴えることができ、それを変えることができる環境を学校は作るべきです。もちろん校則を1人の意見で変えてしまってはまとまらなくなるので、そこは先生と生徒会+αの生徒(生徒会だけだと少なすぎるので)の混じる委員会を作り、審議・決議をすればよいのです。

 

校則ではありませんが、私の生徒が通っている学校では、かつて「なんで女子はサッカー部に入れないのですか」と当時の校長に直訴し、1人で男子に混じってサッカーをした女の子がいました。これがあるべき姿だと思いますが、そこまで度胸のある生徒はなかなかいないと思います。

 

「地方自治は民主主義の学校」と言いますが、学校こそ「民主主義の学校」であるべきです。国民が法律に基づいて国を作っていくように、「生徒が主体となって学校を作っていく」という姿が今後必要となるのではないでしょうか。主体性のある人材を育てたいのであれば、学習スタイルだけでなく学校そのものを変えるべきだと思います。

 

また、校則に疑問を持つことは法律や社会の問題に対する疑問にもつながっていきます。そして校則を変えることができれば、「世の中は変えることができる」という自信や「これはだめなんだ」という線引きが身につきます。さらに、将来の政治への関心の高まりや、その生徒の社会性にもつながります。学校の活気もよくなります。

 

学校が締め付けるだけの場所だと、世の中に対する閉塞感しか生みません。変えることのできない校則で生徒を縛ることは将来の希望を失わせることにもつながると思います。

 

民主主義の世の中を教えるのが学校であるのなら学校が民主主義にならないといけないと思います。

 

よろしければ公開しているYouTubeもご覧下さい。

【公民雑談厳選集38】「覚えておいてほしい34の話」ダイジェスト(2020/1/20)

2:06~2:30で校則について話しています。

https://www.youtube.com/watch?v=vjAhiD5EKc0

 

最後までご覧頂きありがとうございました。