今回の学習指導要領の英語改定の3つ目の問題点「他にすることはないのか」についてです。

 

学力の低い子の多くは国語が苦手です。テストの点数ではなく、根本的な「日本語力」のことです。彼らは語彙力が圧倒的に少なく、読解力がありません。したがって、他の教科でも問題文が2行以上になると、条件を見落としたり何を聞いているのかがわからなくなったりします。

 

また、接続詞や助詞の使い方を理解していないので、文で答える記述問題が日本語として破綻しており、これは成績が普通くらいの子でも多く見られます。読解力や日本語力を養う国語を特に小学生の間は最優先で行うべきだと思います。

 

ところが小学校用の国語の問題集を見ていると、コツとか勘とかフィーリングで解ける問題が多く、つまり内容をあまり理解していなくても表面的に読めれば解ける問題が多いです。それで正解して「できた」と思っている子が多いように思えます。

 

国語は何を勉強したらよいかがわかりにくい教科なので、とりあえず読解問題が「正解」だったらそれでいいと考え、それ以上深めることは普通あまりしません。漢字もテストで書ければ一応覚えたと判断してよいですが、書けなかったものをそのまままにしている子は多いと思います。言葉の意味や文法などはもっとそうだと思います。

 

言葉を覚えることに興味が無かったり、正しい読解力を身につけなかった子の成績が(国語以外の教科も含め)良くならないのはある意味当然のことのように思えます。

 

また、豊かな感性や想像力が育つ古典や音楽や美術(国語自体もそうですが)、生活に直結する技術家庭は今の時間で十分でしょうか。私が中学生の時と比べると、中学3年間の学習時間は、どの教科も60~70時間(いずれも50分単位で)減っています。ちなみに今来ている中3のあるクラスでは『論語』が1時間で終わったそうです。

 

他にも、「%が理解できない大学生が多い」という記事を先日読みましたが、確かに中学生で成績の良い子でもよくわかっていない子もいます。私も、「物事を割合で考えられないと比較ができなくなり、生きていく上で困るから絶対できるようになりなさい。」と生徒に伝えています。

 

それに比べて、イヤホン付きマイクの通訳機(装着できるポケトークのようなもの)が進化し、世間に普及すれば英会話力は必要なくなります。私は日本人の大半が英語を話せる必要はないと思っています。英語が話せなくて日常生活が困る日本人は将来的にもそんなに多くなるような気がしないのです。

 

外国人観光客に対して英語ができないと困るのは商売をしている人だけでしょうし、外国人労働者は日本語を覚えてから来てもらえればいいだけのことです。外国と取引をする仕事の人は英語が使えないといけないでしょうが、それでも外国(国内の外国人ではありません)と関わらない仕事をする人の方が多数だと思います。移民は今後増えるでしょうし日本人は確実に減少していきますが、そう遠くない将来仕事自体が減りますので、日本人の仕事がなくなり、むしろ「移民はいらない」世の中になると思っています。

 

 

そもそもですが、学生時代はともかく、勉強というのは「必要にかられて」とか「したいから」するものであって、大人になって「英語ができないと困る」状況になった人は「生きていくために」勉強します。数学が大の苦手で、高校卒業後工場で働いていた人が現場責任者になり、「微分・積分」がわからないと仕事ができないことに気づき、微分・積分を勉強し直したという話を聞いたことがあります。

 

したがって、英語も「将来本気で勉強する時に困らない程度」を徹底的に叩き込ませる方がよく、全ての中学生に膨大な量を押しつけ、「ついていけない子は捨てる」ような考えをしている今回の改訂は明らかに間違えています。

 

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