前回・前々回のまとめです。

 

私は、子供達への教育として本当に大切なことは、「彼らが将来社会に出て活躍ができる、生きていることを実感できるようにしてあげる」ことだと思います。その一番の方法が、「彼らの個性を見いだしそれを伸ばすこと」です。小学校ではそれができているのに、中学校になると急にその話が消えてしまいます。小学校で自由にのびのびと育った子ほど中学校とのギャップに違和感が生じます。

 

そうなってしまう1つの原因が、中学校での学習量の多さです。まず勉強についていかないといけないので、その時点で個性を伸ばすことから遠ざかってしまいますし、何より通知表や成績表といった形に残る評価はテストの結果と日常の努力の成果だけで、その子の個性を評価した跡は残されません。しかも通知表は総合評価になります。

 

つまり、ものすごく歌の上手な子でも楽器演奏が苦手だったり、テストの点が低ければ音楽の評価は5になりません。また、「やさしさ」とか「すぐ友達を作れる」とか評価のしにくいものがその子の才能であったりもします。うちの塾生で、暇さえあれば折り紙を折り、できた作品を友達に「おすそわけ」する子がいますが、折り紙がいくら得意でも、友達思いでも学校では何の評価もしてくれません。

 

勉強が苦手な子は、特に他の分野で圧倒的に秀でたものを持っていることがあります。だからその分勉強が苦手でもあるのです。しかし国や大人や学校は「勉強ができること」を求めてきます。国の考えは学習指導要領に表れていますし、大人は「○○高校に合格できたから優秀な子だ」と判断します。学校もそれらに異を唱えることなく、結局「勉強のできる子」を養成しているように思えます。

 

 

(1回の文章が長くなると読んで頂けなくなる恐れがあるため、途中ではありますがここで切らせて頂きます。続きは明日更新致します。)