私のもう1つのモットーは「能動的な学習姿勢」です。最近はアクティブ・ラーニングとも呼ばれたりしています。

 

中学生に限らず、我々が勉強をする理由は1つしかありません。それは「自分自身を成長させるため」です。教養のため、家族を養うため、どんな理由であっても結局この言葉にたどり着きます。したがって、自分自身を成長させることが目的であるなら、その学習姿勢は能動が良いか受動が良いかは明らかです。

 

スポーツで考えても、ルールやテクニックを理解しただけではプレーできず、実際に体を動かすことで初めてそれが自分のものとなります。勉強も同じで、話を聞いて理解しただけで終わるのでなく、その後に問題を解くことによって初めてテストで点数が取れる力になります(もちろん勉強の場合は英単語のように「単純に覚える」という作業も必要になりますが)。

 

で、これは一般論で誰もがわかっていることなのですが(それすらわかっていない中学生も結構見かけますが)、「能動的な学習」の第一歩は「初めて知ることを人から教わらずに自分から理解する姿勢」だと考えます。自分の知らないことを自力で知ろうとする力は生きていく上で必ず役に立ちます。

 

人から教わると確かに早く理解できるのですが、実際のところほとんど頭を使っていません。教え方が上手ければ頭をあまり使わなくても理解できるからです。だからせっかく理解してもすぐに忘れますし、使いこなすこともあまりできません(定着させる行為をすぐに行う、あるいはよほど印象に残る教え方や、頭を使わせる教え方をすれば別です)。

 

他方、説明書きなどを読んで必死に理解しようと努めれば頭に残りますし、自分なりに解釈をするので応用が利くようになります。ですので、エステルでは説明書きの丁寧な教材をまず読んでもらうことからスタートします。もちろん読んで理解できない時もありますので、そのときは講師に質問をするというスタイルを取っています。

 

理想論を言えば、毎回のテスト範囲のだいたいはわかりますので、それを予め示し、何をすればよいのかを自分で組立てる主体的な学習ができるようになれればなと思います(そこまでの学力の子は今はいませんが)。全てをお膳立てし、何をするのかも全て指示し、それに従わせるやり方の方が教える側としては楽で、かつ時間もかからないのですが、そうした「受け身の学習」は決してその子のためになりません。「受け身の学習」は「指示待ち人間」に育つ可能性が高くなり、それはこれからの世の中ではあまり求められないと考えられるからです。

 

ただ、本当に今求められているアクティブ・ラーニングとは「問題探求(あるいは解決)学習」や「発表」といったもので、それこそが入試改革で行われる新傾向問題に直結するところになります。しかしその能力を高めたところで、結局膨大な学習内容があることに変わりはありません。だとすれば、結局効率よく勉強のできる子(これまで着実に学力を積んできた子や要領のよい子)の方がそういった学習にも余裕を持って取り組める分総合的に有利、つまりテストの点数による序列は今までと何も変わらないだろうなとは思います。

 

 

ところで、県教育委員会は先日公立高校の選抜概要を発表しました。予想通り特色選抜の検査時間は各30分と変わらず、一般選抜(普通科)の学力検査(筆記試験)の配点と調査書(内申)の点数も橿原高校以外は変わらず、ほぼ全ての高校が250点満点(各教科50点満点)の内申135点でした。

 

以前も書きましたが、一般選抜(普通科)は「新傾向問題が簡単であればそれが解けるかどうか、問題が難しければ内申勝負」になることは間違いなくなりました(詳しくは「公立高校の入試改革③」をご覧下さい)。生駒で塾をしている身からすれば、あくまで超個人的な希望ですが、新傾向の問題は簡単であってほしいと思います。

 

次回は私自身のことを書く予定です。ただ、書くのにかなり時間がかかる気がしますので、しばらく更新されないかもしれません。また、速報性のあるニュースがあれば、そちらを優先します。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。